F1撮影旅日記と、あれこれ

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zoom RSS 「福島の現実を見て、聞いて学ぶ会」に参加してきました。

<<   作成日時 : 2015/03/09 02:23   >>

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この写真は、福島第一原子力発電所から、約3キロ地点の、元田んぼです。
大熊町。
今は、放射能の値が高く、立ち入ることの出来ない場所ですが、今回は大熊町に住んでいた、木村紀夫さんの声がけで、「福島の現実を見て、聞いて学ぶ会」というツアーが組まれて、全国から約40名ほどの方が参加されました。
この場所に立ち入ることが出来るのは、大熊町の住民で、1年で15回、各5時間の滞在しか認められていません。ですから、今回は地元の方の車数台に分乗して現地入りさせていただきました。
さらに、「ふるさと応援隊」という大熊町の方々にも大変お世話になりました。

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今回の会の発起人の木村紀夫さん。
今は、白馬にお住まいで、木村さんと長女と二人でペンションを経営されています。
大熊町での捜索に毎回、長野から通っています。

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大熊町の地図です。
海側の上のほうに原発があって、敷地の半分は大熊町です。

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上の地図で、海の下の方の四角の部分のアップです。
木村さんの家は、海のそばにありました。

震災当日、木村さんは仕事で自宅周辺にはいませんでした。
地震のとき、長女と次女の汐凪(ゆうなちゃん、7歳)は、地図の左にある熊川児童館にいました。
そこに、おじいさんの王太郎さんが車でお迎えにきて、なぜか、汐凪ちゃんだけが自宅に戻りました。
自宅に戻ったところで、津波に襲われて、汐凪ちゃんと、お母さん、王太郎さんが亡くなりました。
奥様は、いわき市の海上で見つかり、王太郎さんは自宅のすぐそばで見つかりました。

この大熊町では、津波で11人の方が亡くなっていて、唯一、汐凪ちゃんだけが、今も見つかっていません。

震災翌日の原発の爆発で、避難命令が発令されたために、被災された方の救助捜索は、不可能になってしまったわけです、おじいさんの王太郎さんは、3ヶ月後に見つかりました。

木村さんは、見つかっていない汐凪ちゃんを見つけたいという一心で捜索を続けています。
津波のことを、なぜ、教えておかなかったとかと悔やみます。

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赤で囲われた部分が、国からの指針で示された、除染土壌の中間貯蔵施設になるところです。
木村さんの自宅も含まれます。

木村さんは、自宅を貸すことも、売ることもしないと言います。
当然、想いのつまった土地です。
一旦わたしてしまえば、埋め立てられて捜索が出来なくなってしまいます。

もし、原発がなければ、直後から捜索が出来ていて、ひょっとしたら王太郎は助けられたかもしれないし、汐凪ちゃんも見つけられているかもしれないのです。

国や、東京電力が安全だという事で、原発が動いていたわけです。
核廃棄物の問題などあるかもしれませんが、安全だということでそれを信じて地元の方も誘致に賛成したわけです。確かに、地元には雇用もうまれ、過疎化が止まり人口も増えました。素晴らしい建物も建ちました。

しかし、安全ではなかったわけです。

今は、国道6号線も常磐道も開通しています。
普通に車に乗って通行できます。
どうか、行って見てください、広大な土地が荒れ放題で茶色の世界が広がっています。
本当に、広大な土地が今も、そのままになっています。
そして、汚染物が入った袋がたくさん集められているのを見ることもできるし、空き家になった家やお店がたくさん見れます。

原発が安全でないということが、東京からたったの200kmちょいの場所でこんなに悲惨なことに、今も、4年もたって今もこんな事になっているのに、なんで、また原発をしれ〜っと動かそうとしているのか???
海外の援助に何千億円とか出すことも必要でしょうし、オリンピックを開催することも必要でしょう・・・・
でも、肝心の国内の未曾有の災害の復旧になんでもっと積極的になれないんでしょうね???

大熊町の土地の買取額が1坪14000円とか・・・
福島からの避難している人が、12万人ですよ・・・
南相馬には、たくさんの仮説住宅がいまもあって、復興住宅の建設もまだまだ足りてませんし、老人の介護の問題もあるし、子供たちの運動不足が深刻化しているし、全国でぶっちぎりで多い自殺率・・・・
書けないような問題は多岐多様にわたっています。
僕も知らないような事もあるでしょうし・・・・

福島の自然豊かであった、生まれ育った場所を大切に想い離れられない人、放射能の危険から離れて暮らす決断をした人、離れ離れで暮らすことを選んだ家族のフラストレーション。

木村さんは、国は冷たいとおっしゃいます。
話し合いもなく、突然頭ごなしに勝手に決められたスケジュールをぶつけてくると・・・・

大熊町の震災による関連死は106名、直接死は11名。合計117名。
大熊町の人口比率で2%強です。
たったの2%強ですけど、東京の人口に直すと、30万人以上となります。。。
震災関連死というのは、避難生活で、体調悪化や過労などの間接的な原因で死亡することをいいます。

原発が原因で今も、多くの方が苦しんでいます。
原発が安全だと許可したのは、日本国です。
安全で無かったわけですから、ちゃんと真摯に頭を下げて謝って、ケアをひと家族づつ丁寧にするべきですよね。
なぜ安全で無かったのかとかと、過去を正しても仕方ないと思います。
いま、やるべき事を、予算をしかっり取ってやれないのか!
例えば、中東に援助する前に、国内でしょ!って思うわけです。数万円の献金問題で大臣を下ろす事にやっきになる前に、もっとやることがあるんじゃないの?って政治に全く勉強不足な人間が言うことでもないんでしょうが・・・・
腹が立ってしょうがないわけです。。。

まあ、僕一人腹が立ったところで、全くどうしようもないのもわかっているんですけれども・・・・

ということで、見てきた事を続けます。。。

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現地役所の方々は、前向きに作業を進めている雰囲気を感じました。

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たまたま常磐道の開通式をやっていました。

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大熊町の帰還困難区域に入るには、テレビで良くみる白い防護服を着用します。
タイベックスという素材です。
もちろん、この服自体には、放射線自体を遮蔽する性能はありません・・・まあ、ペラペラですしね・・・
ようは、衣服に放射線を帯びた粉塵の付着を防ぐものです。

スクリーニング場で貸与されて、出るときに返却します。

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街に向かう途中で、除染作業風景をみかけます。
少人数で粛々と作業している感じです。

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これは、道路に堆積した放射線を路面を薄く削って取り除くための機械です。
大変、高価で台数もないらしいです。

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町の中心地付近です。

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4年前から、人がいない風景です。

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大野駅近辺での車内での計測では、4、04マイクロシーベルト/hです。

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国道6号線を横切り、海の方に向かう道で、検問で許可証を見せて入ります。

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津波被害にあった車を集めてありました。

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地図にもある、熊川公民館。
津波で半壊しています。

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公民館での線量は、8、51マイクロシーベルト/hです。

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ここは、避難場所に指定されていて、多くの人が避難していました。
そこに、津波が襲いました。そのようなことを、木村さんが参加者や報道陣に案内をしてくださいます。

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みなさん、真剣にお話を聞いてメモを取る人も多数。

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公民館から、歩いて海まで移動します。

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木村さん。
右手にみえる、熊川はシャケが遡上する美しい川です・・・だったんです。

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このあたりの道端近くの線量は、16マイクロシーベルト/hを超えます。。。

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津波が押し寄せ、原発が爆発し、そのまま今までほったらかしの風景。。。

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海に出たところです。防波堤は壊れたままです。

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少し歩くと、がれきが貯まったところで作業している人たちが見えます。
南相馬の福興浜団という団体の方々です!

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右側の人物、その、福興浜団の団長の上野さん!
上野さんとは、以前から知り合いです。
この、ブログでも何回か書かせていただいていますので、詳しくは書きませんが、南相馬のご自宅も津波被害にあい、4人の家族を亡くされて、木村さんと同じく、お子さんが見つかっていません。
がれきの山を一人で、汐凪ちゃんを探すのは、途方もない時間が必要だし、実際には不可能です。
そんななか、上野さんが木村さんの事を知り、手伝いを申し出ます。
しかし、木村さんとしては、線量が高い場所の捜索は忍びないと思ったそうですが、上野さんと福興浜団は、何度も木村さんと一緒に捜索をしています。

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このような感じで、手作業で細かくがれきの中を探します。
いままで、たくさんの木村さんの家にあった物を見つけ出しました!
本来であれば、もっとたくさんの人たちや、重機を利用して捜索すれば良いのですが、いかんせん、一度に入れる人数と回数が制限されているので、作業はゆっくりとしか進みません。

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木村さんにとって、上野さんの存在は本当にありがたく、同じ境遇にある仲間として厚い信頼関係が出来ていると思いますし、協力してくれる人があるということで本当に心の支えでもあるとおっしゃっていました。

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当日も、スキー板と8ミリテープが見つかりました!

その2に続く!


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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
Twitterのリンクからブログ拝見させていただきました。
震災から4年。報道の方も関心が薄れ始めている中、このような記事を上げていただけるのはとても有り難いです。

福島県出身なのですが、県内でも原発問題に関しては意識の差が大きいと感じます。全国に慣れはそれは言わずもがな。

報道も県発と東京発ではだいぶズレが有るように感じます。

ズレが有るだけならいいのですが、SNSでは福島県や県を支援する方に対して暴言が飛び交うこともしばしば。

今までの他の震災と違って原発問題が絡んでるだけに、東北の復興には難しさを感じます。

取り留めもない文章になってしまってごめんなさい。
木っ端ミジンコ
2015/03/09 19:41
原発の問題にしろ、復興の問題にしろ、残念なことですが、政府も国民すらもしょせんは他人事なんだな、と感じることが多々あります。自分も、自分のことのように考えられているのか、といわれれば違うでしょう。でも、周りはそれ以上に無関心だと感じます。

首相の『着々と進んでいる』という言葉とは裏腹に、復興は遅々として進んでないし、復興を妨げる問題も山積しています。福島はこの先どうなるのか、被災者や被災地の生の情報に接すれば接するほど、むしろ分からなくなります。福島で暮らしている方々の心中は察するに余りあります。先が見えない中でよく頑張ってるな、と本当に思います。

本来、その頑張りに手を差し伸べてやらなければならない立場の政府が、原発の再稼動を進めたいがために、その妨げとなる福島の現状に蓋をしている。これでは不信感や怒りが募るのは当然ですよね。

福島の方たちはもっと怒っていいし、もっと声を上げていいと思います。復興は進んでいるという首相に対し『復興なんて進んでいない!この現状を見ろ!』と。福島県知事、福島県連、地元住民が一体となって、国会議事堂に押しかけても罰は当たらないと思います。

第一次安倍政権時、安倍首相は国会答弁でこう言いました。『原発は安全であり、日本の原発で全電源喪失は考えられない。安全対策は必要ない』と。結果はどうだったか?東日本大震災により原発は全電源喪失してメルトダウン…もし当時の安倍首相が全電源喪失に備えて安全対策をしていれば、原発のメルトダウンは防げたかもしれない。にも関わらず、その当事者がまた首相になり、そ知らぬ顔で再稼動に向けて動いている。彼の人間性を疑いますよね。
とあるセナファン
2015/03/09 22:23
木っ端ミジンコさま
福島出身の方なんですね、そうですね。。。
本当に、問題が多岐多様にあって、何が問題なのかと、とても一言では言える状況ではありませんよね。。。
東京に住んでいて、たまにしか行くことのない自分が、いったい何が出来るのかと・・・深く考えると、正直よくわからなくなったりもします。
コメントありがとうございます。
とあるセナファンさま
そうですね、本当にそうですよね・・・
なぜ、もっと親身になって前向きな動きを未だに出来ないんでしょう?
情けないですね・・・
でも、そういう残念な現実を踏まえると、僕たちは、どうすればいいんでしょう?
4年もたって、あの状況です。。。
難しいですね・・・
暖かいコメント、ありがとうございます。
熱田
2015/04/15 17:21

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